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古代
5世紀前半には、在地土豪がヤマト王権に服属。相模川流域に相武(さがむ)国造、酒匂川流域に師長(しなが)国造、鎌倉・三浦付近に鎌倉別が任命された。534年には橘樹郡・久良岐郡に屯倉が設けられる。
古代から中世にかけては、住人の中の富者が開墾地を広げ貢納物資の輸送にあたるなどしてさらに富裕となり、これを守るための自衛武力を蓄える。中央から相模・武蔵に派遣された役人の土着が相次いだ。
神奈川県 病院検索 お医者さん口コミ.com域は、相模八郡[高座(たかくら)・愛甲(あゆかわ)・余綾(よるき)・大住(おほすみ)・足上(あしのかみ)・足下(あしのしも)・鎌倉(かまくら)・御浦(みうら)(延喜式による)]と武蔵国三郡[橘樹(たちばな)・都筑(つづき)・久良(くらき)(延喜式による)]からなる。国司が政務を執る政庁(国衙)は、国府と呼ばれた。相模国の国府は初め海老名に置かれ、後に移された。移転先の所在地は、はっきりしないが、『和名類聚抄』によると大住郡[平塚市四之宮付近が国府域に当たることが明らかにされつつある。]、『伊呂波字類抄』には余綾郡[大磯町国府本郷辺りと推定されている。]にあったとされる。武蔵国の国府は、東京都府中市大国玉神社付近といわれる。その神社境内から国庁脇殿と考えられる建物跡や敷き瓦が出土している。
聖武天皇によって天平13年(741)に詔が出され、全国に国分寺(僧寺と尼寺)が造営された。武蔵国分寺は東京都国分寺市に所在し、僧寺の伽藍は、中門・金堂・講堂が一直線に並ぶ東大寺式である。寺域は3〜4町四方(約15ヘクタール)で、全国でも最大規模に属する。相模国分寺は、海老名市国分にある。僧寺は東西160メートル、南北120メートルの回廊をめぐらし、中門・東西に金堂と塔・講堂が配置された法隆寺式で、詔が出された天平より古い白鳳様式であるので、郡司の氏寺を改修したものと考えられている。尼寺は、中門・金堂・講堂と並び、講堂の両脇に経蔵と鐘楼がある。[大貫英明「都の支配と自立への道」 神崎彰利・大貫英明・福島金治・西川武臣『神奈川県 病院検索 お医者さん口コミ.comの歴史』山川出版社 2001年 42-45頁]
延喜式内社としては足上郡に寒田神社、余綾郡に川勾神社、大住郡に前鳥神社、高部屋神社、高座郡に寒川神社(名神大社)などが鎮座する。
議長・副議長
・議長:国吉一夫(自民党 金沢区)
・副議長:舘盛勝弘(自民党 相模原市)